【Ⅰ列王記20:1~11】(2024/07/14)


【20:1】
『彼はサマリヤに上って来て、これを包囲して攻め、』
 ベン・ハダデはイスラエル王国の首都である『サマリヤに上って来て、これを包囲して攻め』ました。このサマリヤには王宮があり、そこにはアハブ王もいました。ベン・ハダデがサマリヤを攻めたのは、首都を攻略できれば、国の全体を支配できるからでしょう。この時のベン・ハダデは『全軍勢を集めた』のですから、本気でイスラエルを攻め取ろうとしていたことでしょう。彼は戦力を温存しておきませんでした。戦力を温存しておくと、それが原因となり、不利な状況に陥ることは決して珍しくありません。このようにイスラエルがベン・ハダデから攻められたのは、イスラエルの犯していた偶像崇拝に対する神罰でした。罪を犯すならば呪われて強い敵に攻められ、支配され、悲惨になります。確かにこのようになると律法は示しています。

【20:2~3】
『町に使者たちを遣わし、イスラエルの王アハブに、言わせた。「ベン・ハダデはこう言われる。『あなたの銀と金は私のもの。あなたの妻たちや子どもたちの最も美しい者も私のものだ。』」』
 ベン・ハダデに攻められたイスラエルは、アラムに対抗することができませんでした。勝負は決まりました。ベン・ハダデがイスラエルを屈服させることになったのです。そこでベン・ハダデはサマリヤの『町に使者たちを遣わし』ました。これはイスラエル王に降伏させるためです。この通り、ベン・ハダデは征服した国の王を殺さず、生かしておく方針を持っていました。こうであれば国が征服されても王はずっと生き続けることになります。しかし、屈服させられた王は莫大な貢物と支配に苦しめられるのです。このようにしてベン・ハダデは『三十二人の王』を自分の支配下に置いてきたのでしょう。この時に遣わされた『使者たち』が実際に何人いたかは分かりません。また使者たちがどのような雰囲気だったのかも分かりません。彼らがサマリヤまでどのぐらいかけて行ったのかも分かりません。この『使者たち』はベン・ハダデからの言葉として、アハブの持つ『銀と金』はベン・ハダデの所有物であると告げます。これはつまりアハブから『銀と金』を求めています。またベン・ハダデから遣わされた使者たちは、アハブの『妻たちや子どもたちの最も美しい者』もベン・ハダデの所有物であると告げます。これもアハブから妻や子を求めているのです。このようなベン・ハダデの態度は、傲慢だったと思う人もいるでしょう、しかし、征服した者が負けた者の所有物を奪い取るのは普通のことです。敗戦国となったドイツも、莫大な借金を負わされ、敗けたことを強く思い知らされました。古代ローマも、屈服させた王とその国に実に莫大な貢物を課し、金銭的な負担が大いにかかるようにしました。戦勝国は敗戦国を全く支配し、全てを好きなように取り扱うものなのです。

【20:4】
『イスラエルの王は答えて言った。「王よ。仰せのとおりです。この私、および、私に属するものはすべてあなたのものです。」』
 ベン・ハダデから遣わされた使者たちの言葉を聞いたアハブ王は、その言葉を完全に受け入れました。つまり、アハブはベン・ハダデに対して降伏したのです。アハブとしては不本意だったでしょうが、このように答えるしかありませんでした。もし素直に服従しなければ悲惨な状態となる可能性がかなり高かったからです。

【20:5~6】
『使者たちは再び戻って来て言った。「ベン・ハダデはこう言われる。『私は先に、あなたに人を遣わし、あなたの銀と金、および、あなたの妻たちや子どもたちを私に与えよ、と言った。あすの今ごろ、私の家来たちを遣わす。彼らは、あなたの家とあなたの家来たちの家とを捜し、たとい、あなたが最も大事にしているものでも、彼らは手に入れて奪い取るだろう。』」』
 アハブがベン・ハダデに対して降伏の意を示したので、使者たちはそのことを報告しに帰って行きました。そしてベン・ハダデにアハブの降伏を告げてから、使者たちはサマリヤに『再び戻って来』ました。それはベン・ハダデからの言葉をアハブにまた告げるためでした。使者たちは、先にベン・ハダデからの言葉として述べた事柄、すなわち銀金および妻子たちを奪い取るという事柄をもう一度アハブに告げました。ですから、この箇所で言われている内容は、先に見た3節目の内容と同じです。ただ先の場合とここでは少し言い方が異なっています。こうしてベン・ハダデの『家来たち』により、アハブは『最も大事にしているものでも』奪い取られることとなりました。ベン・ハダデは全く容赦しない姿勢をここで示しています。このままであればアハブは本当にベン・ハダデから多くを奪い取られてしまうのです。しかし、こうなったのはアハブが降伏したのですから当然のことでした。何故なら、降伏したならば勝者の奴隷となるからです。奴隷となるならば、その所有物は勝者の支配下に置かれるのが自然なことなのです。

 アハブがこのような悲惨を味わうことになったのは、偶像崇拝の罪に対して神から注がれた呪いでした。もしアハブとイスラエルが偶像崇拝の罪を犯していなければ、このような悲惨は生じていなかったはずです。ですから、こうなったのはアハブが自ら招いた悲惨だったと言えましょう。アハブは偶像崇拝という忌まわしい悪の種を蒔きました。神はその種が結ぶ実をアハブに刈り取らせたのです。全てアハブのような悲惨を味わいたくない者は、罪を避けるべきでしょう。罪を犯していながら呪われずにいるというのはできない話だからです。毒を飲んだら害が生じないでしょうか。害を避けることはできないでしょう。罪と罰もその通りです。

【20:7】
『そこで、イスラエルの王は国のすべての長老たちを呼び寄せて言った。』
 ベン・ハダデから『最も大事にしているものでも』求められたアハブは、大いに悩まされました。何故なら、銀金や妻子たちを奪い取られるのは、あまりにも大きな悲惨だからです。このような悲惨が襲いかかっても、悩まないでいられる人はほとんどいないはずです。多くの人であれば、たとえ一人の子どもを奪い取られるだけでも悩まされるでしょう。アハブはその数倍また数十倍をも奪い取られるのです。ですから、アハブが悩まずにいるのはほとんど不可能でした。ほとんど全ての人はこのアハブのような悲惨を味わったことがないでしょうから、アハブの悩みがどれほどだったか知るのは難しいはずです。私たちはただその悩みを想像することしかできません。このように悩まされたアハブは、『国のすべての長老たちを呼び寄せ』ました。それは長老たちに今回の悲惨を打ち明けて相談するためでした。王はこのように大事な事柄で長老などにしばしば相談するものです。何故なら、長老たちの知恵や助言があれば、それだけ幸いな判断に繋がる可能性は高まるからです。この時に呼び寄せられた『長老たち』は恐らく70人だったはずです。モーセ時代の長老たちもやはり70人でした。

『「あの男が、こんなにひどいことを要求しているのを知ってほしい。彼は人を遣わして、私の妻たちや子どもたち、および、私の銀や金を求めたが、私はそれを断わりきれなかった。」』
 アハブは自分の悲惨と不満を、呼び寄せた長老たちに打ち明けました。ここでアハブはベン・ハダデに対する不快感を示しています。ベン・ハダデはあんなことを求めたのですから、アハブが不快になるのは当然のことでした。しかし、アハブはその求めを断りたかったものの『断わりきれ』ませんでした。何故なら、もし断ればベン・ハダデを怒らせるでしょうから、アハブに命の危険や拷問もしくは束縛などの可能性が高まるのは明らかだったからです。しかし、このように断れなくなるのが現実でした。それはアハブが偶像崇拝という酷い罪を犯していたことに対する報いなのです。

【20:8】
『すると長老たちや民はみな、彼に言った。「聞かないでください。承諾しないでください。」』
 アハブの悲惨と不満を知らされた『長老たちや民』は、アハブに同情しました。このため、彼らはアハブに『聞かないでください。承諾しないでください。』と言います。アハブは降伏し、ベン・ハダデは勝利したわけですから、ベン・ハダデの求めは普通に考えて理不尽だったと言えないかもしれません。ベン・ハダデからすれば「命を取られるよりはましではないのか。」ということになるからです。勝者が敗者を奴隷化するのは自然なことなのです。しかし、『長老たちや民』はアハブを王として尊んでいたはずです。このため、敗者だから悲惨になるのは仕方ないなどと言わず、寧ろベン・ハダデの求めを拒絶するように求めたのです。もし彼らがアハブを尊んでいなければ、このように言っていたかどうか定かではありません。その場合、アハブを気にかけていなかった可能性もあります。この時には『長老たち』だけでなく『民』も、その場に集まっていました。その『民』がどれだけ集まっていたかは分かりません。

【20:9】
『そこで、彼はベン・ハダデの使者たちに言った。「王に言ってくれ。『初めに、あなたが、このしもべに言ってよこされたことはすべて、そのようにするが、このたびのことはできません。』」使者たちは帰って行って、このことを報告した。』
 アハブは相談してから後、ベン・ハダデからの求めを拒むことに決めました。長老たちと民の言った通りにすべきだと感じたのです。もしアハブが相談をせず、長老たちと民から拒絶するように言われなければ、アハブは悲惨を耐え忍んでいた可能性もあります。こうしてアハブは拒絶の意思を使者たちに告げることにしました。ベン・ハダデから遣わされた『使者たち』は、アハブが相談して決定するまで、イスラエルの地で待たされていました。使者たちがどれだけ待たされたのかまでは分かりません。ここでアハブは、ベン・ハダデから『初めに』求められたことは『そのようにする』と言いました。その初めのこととは、先に見た3節目で言われていたことでしょう。つまり、アハブが自分と自分に属する存在また物に対するベン・ハダデの主権および支配権を認めることです。しかし、アハブは『このたびのことはできません』と続けて言います。『このたびのこと』とは、先に見た5~6節目で言われていたことでしょう。つまり、アハブは自分に対するベン・ハダデの完全な権威を認めるものの、銀金や妻子たちなどを渡すことはできないと言ったのです。このようなアハブの言葉を聞いた『使者たちは帰って行って、このことを報告し』ました。このようなことを言ってベン・ハダデからの求めを拒絶すれば、ベン・ハダデがどのような反応を示すか、アハブにはだいたい予想できたと思われます。このように拒絶されながらベン・ハダデが不満を持たずにいることはあり得ないからです。

【20:10】
『するとベン・ハダデは、彼のところに人をやって言わせた。「サマリヤのちりが私に従うすべての民の手を満たすほどでもあったら、神々がこの私を幾重にも罰せられるように。」』
 アハブから拒絶の意思を聞かされたベン・ハダデは、穏やかでいられませんでした。何故なら、ベン・ハダデは傲慢だったからです。もしベン・ハダデが穏やかでいられたとすれば、傲慢ではなかったことになります。傲慢でなければ、そもそもアハブの銀金や妻子たちを奪い取ろうとしていなかったかもしれません。このようにベン・ハダデが反応することぐらい、アハブたちには予測できたでしょう。こうしてベン・ハダデはまた使者をアハブのもとに遣わしました。この使者が前と同じ人物であったかは分かりません。またその使者が何人いたのかも分かりません。ここでベン・ハダデが『サマリヤのちり』と言っているのは、つまりサマリヤにいたイスラエルの人々を意味します。これはイスラエルの人々が塵のように数多かったからです。またこれは人々が塵のように儚いという意味もあったかもしれません。この『サマリヤのちり』であるイスラエルの人々がベン・ハダデ『に従うすべての民の手を満たすほどでもあったら』と、ここでは言われています。ベン・ハダデ『に従うすべての民』とは、ベン・ハダデの支配する民衆です。つまり、ベン・ハダデは「イスラエル人がアラム人の数を満たすほどでもあったら」と言っているのです。これは要するに、数多くいるイスラエル人を殺戮して僅かにするという意味です。何故なら、イスラエル人が殺戮して少しだけにされるならば、もはやイスラエル人たちはアラム人『の手を満たすほどでも』なくなるのだからです。少し難しい表現に思えるかもしれませんが、これは暗に殺戮すると言っているのです。ベン・ハダデは、やはりこのような態度を示すことになりました。アハブがベン・ハダデの求めを拒絶したのは、ベン・ハダデを怒らせようとするのも同然でした。しかも、ベン・ハダデはこれを偽りの神々にかけて誓っています。『神々がこの私を幾重にも罰せられるように。』とは、偽りの神々の前における誓いの言葉です。ベン・ハダデは絶対にサマリヤのイスラエル人たちを殺すつもりでいました。ベン・ハダデであれば、そのようにしていたでしょう。ベン・ハダデとはそのようにする傲慢さを持っていたからです。

【20:11】
『そこでイスラエルの王は答えて言った。「彼にこう伝えてくれ。『武装しようとする者は、武装を解く者のように誇ってはならない。』」』
 ベン・ハダデの使者から言葉を聞いたアハブは、ベン・ハダデの不満を強く感じさせられました。戦いが起こるだろうことは容易に予測できたでしょう。しかし、このような状態になったのは、ベン・ハダデが悪いだけでなく、アハブたちの側にも大きな問題がありました。アハブとイスラエル人たちが偶像崇拝の罪を犯していたため、このようにベン・ハダデから悩まされることとなったからです。神は罪に対して報いられる御方だからです。こうしてアハブは戦うことを決めました。アハブはベン・ハダデから遣わされた使者に答えを返しました。ここでアハブが『武装しようとする者』と言っているのは、ベン・ハダデの軍隊です。もうこれからベン・ハダデが兵士たちに武装させることは明らかだったからです。『武装を解く者』とは、戦いに勝った勝利者のことです。何故なら、勝利者は必ず『武装を解く』ことになるからです。つまり、アハブはここでアラムの兵士たちが勝利したかのように誇るべきでないと言ったのです。これは暗にベン・ハダデが敗北すると告げているのです。何故なら、ベン・ハダデの兵士たちが敗北したならば『武装を解く者のように誇』ることなど出来るでしょうか。決してできないでしょう。ですから、アハブはこのように言うことでベン・ハダデに対し勝利宣言をしているのです。先のアハブは非常な弱気だったのに、ここではかなり強気な態度を示しています。これはアハブが『長老たちや民』からベン・ハダデの求めを拒むよう促されたからです。もし『長老たちや民』から拒むよう促されていなければ、これほどまで強気になれていたかどうかは分かりません。