週報:【キリストを信じる信仰について】(2021/02/07)


聖徒たちの信仰について考えると、どうでしょうか。キリストを信じる信仰は、明らかに自分自身から出たものではありません。というのも自分からキリストを信じるということは到底出来ないことだからです。この信仰は、聖霊により生じているものです。神がキリストを信じる信仰を聖徒たちに与え、しっかりと保っておられます。これはヨハネ3:27でこう言われている通りです。「人は、天から与えられるのでなければ、何も受けることはできません。」ヤコブ1:17でもこう書かれています。「すべての良い贈り物、また、すべての完全な賜物は上から来るのであって、光を造られらた父から下るのです。」キリストも、ペテロがキリストを信じることが出来たのは神によるとマタイ16:17で示しておられます。この信仰は決定的なものです。つまり、一度それが与えられると最後までずっと保たれます。ですから、信仰を与えられた聖徒たちは、最後の時までキリストを信じ続け、神から見放されるということがありません。ですから、神は聖徒たちに対してこう言っておられます。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」(ヘブル13:5)誰かが今はまだこの信仰を持っていないからといって、これからも持たないままでいるということは結論できません。何故なら、その人が選ばれていれば、必ず時が来た際に信仰に入るようになるからです。全てのクリスチャンは、クリスチャンになる以前、キリスト信仰を持っていませんでした。しかし、時が来た際、キリスト信仰を持つようになりました。この教会に属している私たちもそうです。ですから、今はまだ信仰を持っていない人が、これからどうなるかは分かりません。今は信仰を持っていないが信仰に関心があるというのであれば、その人は聖書に心を傾けることを止めないようにすべきでしょう。もし求めていれば、いつか信仰の道が開けるということにもなるからです。神は求める者にはお与えになられる御方です。キリストが「求めなさい。そうすれば与えられます。」(マタイ6:7)と言われた通りです。もし聖書に心を傾けて真理を求めることを止めれば、それだけ信仰の道からも遠ざかることになってしまいます。このキリスト信仰は、教会の土台であり本質です。主は、この信仰の上に教会を建てると言われました(マタイ16:18)。この尊い聖なる信仰に人々が入れるように、私たちはこれからもイエス・キリストの福音を宣べ伝えて行かねばなりません。求められるべきはこの信仰です。この信仰が、神の恵みにより人を救いに至らせるからです。