週報:【キリスト教=古代ユダヤ教】(2021/08/29)


ユダヤ教とキリスト教が異なる宗教であると思っている人は少なくありません。イギリスの首相だったアーサー・バルフォアは「キリスト教はどれだけユダヤ教にその存在を負っているだろうか。しかしキリスト教はユダヤ教に何の恩返しも出来ていないでいる。」と言いました。この言葉はユダヤ教とキリスト教が違う宗教だと思っていることを示しています。確かに<今の>ユダヤ教とキリスト教とであれば、異なった宗教でしょう。何故なら、既に現われたメシアを、ユダヤ教は全くメシアだと信じておらず、キリスト教はメシアだと信じているからです。これは致命的な相違ですから、この2つは別物の宗教だということになります。しかし<古代の>すなわち旧約時代のユダヤ教とキリスト教であれば、同一の宗教です。それはどちらも本質的に一緒だからです。神の御子であられるキリストを、古代ユダヤ教ではやがて現われる御方として信じており、キリスト教では既に現われた御方として信じています。影において信じているか実体において信じているかという違いがあっても、両者は同一のキリストを信じているのですから、本質的に同じ宗教だということになります。古代のユダヤ教徒たちは、今は天国におり、キリストと共に生きています。キリスト教徒たちも天国に行き、キリストと共に生きます。その時、キリスト教徒たちは古代のユダヤ教徒たちと一緒になります。つまり、古代ユダヤ教徒とキリスト教徒は、最終的に行き着く場所が同じです。それゆえ、両者は同じ宗教だとせねばなりません。一方、今のユダヤ教徒たちは天国に行かず、天国でキリストと生きることもなく、古代ユダヤ教徒やキリスト教徒と共に生きることもありません。ですから、今のユダヤ教は古代のユダヤ教とキリスト教とは異なった宗教だということになるのです。古代ユダヤ教がサナギの状態から成虫になって世界中を飛び回っている状態。それがキリスト教です。サナギと成虫が全く異なる2匹の昆虫であると思う人はいないでしょう。それは形態が2つであるものの、1匹の昆虫です。つまり、そこにいるのは単一の生命体だけです。これと同じで、古代ユダヤ教とキリスト教も形態こそ異なるものの、それは一つの同じ宗教なのです。すなわち、古代ユダヤ教はまだ羽化していないキリスト教であり、キリスト教は既に羽化した古代ユダヤ教です。これに対して今のユダヤ教は、いつまで経っても羽化しないサナギです。死んだサナギにもはや生命はありません。そのサナギは重力によりいつか落ちて滅びるでしょう。それと同じで、今のユダヤ教にも生命はなく、神の御前で死んでおり、その信徒たちはやがて地獄に落ちて滅びるのです。このことに今のユダヤ教徒たちは全く気付いていません。彼らは霊的な死人であり反キリストだからです。しかし彼らもキリストを信じるならば、個人的に羽化することができます。願わくは幾人かでも彼らが信仰により羽化しますように。