週報:【救い主キリストの御降誕を御祝いするクリスマス】(2022/12/25)


キリストの御救いこそが人間にとって何よりも重要です。キリストにより救われるならば、人は神に立ち返ります。神がキリストを救い主として遣わされ十字架で贖いにされたと信じて悔い改めるならば、その人は罪の赦しをキリストにおいて受け、神に立ち返ることができます。イザヤ55:7の箇所ではこう書かれています。「悪者はおのれの道を捨て、不法者はおのれのはかりごとを捨て去れ。主に帰れ。そうすれば、主はあわれんでくださる。私たちの神に帰れ。豊かに赦してくださるから。」使徒の働き3:19の箇所ではこう言われています。「そういうわけですから、あなたがたの罪をぬぐい去っていただくために、悔い改めて、神に立ち返りなさい。」人間は神に従うよう造られた存在ですから、人間の本質は神に従うことです。このため聖書は人間についてこう言っています。「神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。」(伝道者の書12:13)キリストの御救いを信仰により受ければ、私たち人間における状態と使命が再び神の御前で回復されるのです。ですから、私たちを神に立ち返らせ再生させて下さるキリストの御救いは、人間にとって最大に重要なことなのです。もし私たちが全世界を得られるとすれば、それ以上の儲け話はないでしょう。全世界を得るというのは、そこにある大小様々な全てを得るということだからです。ですから、もし私たちに全世界を得ることが可能だとすれば、それは非常に重要です。数億円の配当金が貰える宝くじを買えるよりも遥かに重要です。しかし、全世界を得ることよりも、キリストの御救いを受けるほうが遥かに重要です。何故なら、全世界を得てもキリストの御救いにより永遠の命が得られなければ、やがて死によりその全世界を手放さなければならず、地獄で無一文として永遠に苦しむのだからです。ですから、キリストはこう言っておられます。「人は、たとい全世界を手に入れても、まことのいのちを損じたら、何の得がありましょう。そのいのちを買い戻すのには、人はいったい何を差し出せばよいでしょう。」(マタイ16:26)キリストの御救いを受けて罪が赦されるならば、その人は全てを持っていると言えます。その人は万物の目的であるキリスト(参照:コロサイ1:16)とその尊い御救いを持っているのだからです。このキリストのために万物は存在しているのですから、キリストを持つ人は、万物の所有者だと言えるのです。実際、パウロはこの世の全てがキリスト者の所有だと言っています。「すべては、あなたがたのものです。」(Ⅰコリント3:21)他方、キリストを持たない人は、万物の所有者であり目的であるキリストを持たないのですから、本質的に何も持っていないと言えます。ですから、キリストを信じない人たちは根本的に不幸なのです。こういうわけで、救い主であられる主イエス・キリストにより、私たちが幸いであるか不幸であるか決まります。このような御方であられるイエス様が、私たちのため今から2千年前に御生まれになったのです。このため、クリスマスではイエス様の御降誕を御祝いするわけです。このようなクリスマスである今の時期に、神が多くの人たちをキリストにより救って下さいますように。アーメン。