週報:【「真理とは何か。」】(2024/03/31)


ピラトがキリストに言った「真理とは何ですか。」という言葉は有名であり、これまで注目され続けてきました。特に西洋がそうであり、学者ことに哲学者および科学者はこれまでこの問いにしばしば言及したものです。例えば、ヘーゲルは「論理学」(1816)という哲学書の中で、この問いに言及しています。この問いは非常に興味深く重要な意味を持っています。だからこそ、これは今に至るまで多くの人に注目されてきたわけです。この問いは、西洋の人間だけでなく全人類にとり大きな重要性を持つものです。何故なら、真理とは全人類に共通の内容を持っており、そのため真理と関わりを持たない人間は究極的に言って誰も存在しないからです。福音書で主がこの問いにどう答えられたかは何も書かれていません。外典によれば主は「真理は天にある。」と答えられたようですが、これが本当かどうかは分かりません。それというのも、正典のほうでは主がこう答えられたと書かれていないからです。福音書では単に主のお答えが書かれていないだけかもしれませんし、もしかしたら何も答えておられなかった可能性もあります。この「真理」には、大きく分けて一般的な真理と霊的な真理があります。一般的な真理は、カントによれば「ある対象に対する認識の完全な一致」です。つまり、ある対象をそのあるがままに把握することが真理だというわけです。<木>であれば「葉があり生長する地味な色合いの植物」と認識するのが真理です。<100>であれば「10の二乗」と認識するのが真理です。こういった一般的な真理は人類の誰でも取り扱うことができます。しかし霊的な真理は聖徒だけにしか与えられず、しかも一般的な真理より遥かに高い重要性を持っています。こちらの霊的な真理は、神が啓示された真実で霊的な知識のことを言います。例えば、神の書かれた聖書では「はじめに神が天と地を創造された。」(創世記1:1)と書かれています。ですから、神がこの宇宙を創造されたというのは霊的な真理です。また聖書では「神である主は、土地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。」(創世記2:7)と書かれています。ですから、人間は土地から神により形造られたという知識が霊的な真理となります。この霊的な真理の最たるものは、御子とその御救いについてのことです。キリストは父なる神の御心における全き真理であられるからです。このキリストは霊的な真理を示しておられ、キリスト御自身が真理そのものであられます。だからこそ、主は御自分が「真理」(ヨハネ14:6)であられると言われたのです。人は、この真理そのものであられるキリストを信じ受け入れるべきです。そうすれば御子が人間のために聖なる御救いを実現されたという偉大で尊い真理ゆえ、その人は救われて永遠の命を持つのです。しかし御子という真理である御方を信じなければ、真理を拒絶する偽り者として永遠の罪に定められます。そのような人は邪悪で不信仰な存在として地獄に行き、神の御怒りをいつまでも受け続けなければなりません。ですから、この御子という真理の御方こそが最も求められねばならないのです。