週報:【天皇の救いと日本国民】(2024/06/09)


もし天皇がキリストを信じて救われたなら、日本におけるキリストの勝利は決定的となりましょう。何故なら、天皇は日本において最高の地位を与えられている存在であり、憲法で規定されている通り日本の象徴だからです。この天皇が救われるならば、天皇を通してキリストの勝利が日本の全体に満ち拡がることでしょう。しかし、キリストがまだ日本で勝利を得ておられないというのではありません。主はもう既に日本に対して勝利を得ておられます。それは主がこう言われたからです。「勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」(ヨハネ16:33)この御言葉で言われている「世」とは当然ながら日本も含まれています。ただ今の日本はキリストの勝利を無知により知らないか、不信仰により認めていないだけです。ですから、天皇がキリストを信じるならば、キリストの勝利は日本で三重のものとなります。すなわち、第一はもう既に勝利しておられることであり、第二は天皇が救われたことによる勝利であり、第三は天皇を通して日本に満ち拡がるであろう勝利です。このうち今はまだ第一の勝利だけが実現している状態なのです。今の日本人が神道に抵抗しないのは、天皇が大きな要因であるのは間違いありません。この天皇は神道であり、しかも神道の中心的な存在だからです。天皇がそうであるところのものを、日本人の大部分は否定できるはずもないのです。しかし、この神道とは神に喜ばれない偽りの宗教であり、神道の神社とはサタンの宮であり、そこで祀られている八百万の神々とは人間が勝手に作り出した存在しない単なる妄想存在でしかありません。もし天皇がキリストを信じたならば、日本人は民族的な意味で教会に心を傾けるはずです。それは天皇と日本国民が身体のように一体だからです。もし頭である天皇が変わるならば、それに応じて身体である国民も変わることは間違いありません。本当に天皇が日本の象徴存在であるとすれば、確かにそうなるでしょう。けれども、天皇が救われるのは本当に難しいと言わねばなりません。何故なら、天皇は富んでおり、地位が最高に高く、知の面でも優れておられるからです。このようであれば救いは難しいと聖書がはっきり教えています。しかし、神の御心であれば、このような天皇にもキリストの御救いが与えられます。キリストが言われた通り、「神にはどんなことでもできる」からです。ローマ皇帝のことを考えてみるべきでしょう。ローマ皇帝は、富においても地位においても、そして多くの皇帝は知の面でも、天皇よりも卓越していました。その権力はあまりにも強大であり、もし日本が昔のヨーロッパにあったとすれば、天皇と日本も間違いなくローマ皇帝の支配下に服していたでしょう。このようなローマ皇帝にさえキリストの御救いは与えられていたのですから、天皇も御心であれば必ず救われるのです。それゆえ、私たちは天皇も救われて真理を知るように祈り求めるべきです。パウロはそうするべきだと、Ⅰテモテ2:1で私たちに命じています。「すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなり、感謝がささげられるようにしなさい。」と書かれている通りです。もし天皇および日本人がキリストを信じず、いつまでも偽りの神々と偶像を拝み続けるならば、日本は神からの呪いを受けて悲惨になるでしょう。それは衰弱の呪いです。この衰弱はもう既に始まっているとも思えます。是非とも天皇と日本人がこれからキリストを信じて救われ、日本に神からの大きな御恵みが注がれてほしいものです。