週報:【罪と定めと救いについて】(2026/02/15)
全ての人間は神に対して罪を犯しています。聖書は「全ての人は罪を犯した」と述べています。「全人類が罪を犯した」ともあります。人間は自分自身の意思で罪を犯すのですから、神に対して言い訳することができません。この罪により、人間は呪われて死ぬ存在となり、死んでから地獄に行く運命を持つこととなりました。このように人間が堕罪して死すべき者になることは、神の定めによりました。つまり、神が定められたからこそ、そのようになったわけです。もし神がそう定めておられなければ、人は罪に陥ることもなかったでしょう。究極的に言えば確かにそうです。しかし、だからといって私たちが罪の責任を神に帰することは全くできません。何故なら、神の定めによりそうなったとしても、罪は人が自発的に選択して犯すものだからです。このために、神の定めを罪の言い訳とすることはできなくされています。例えば、万引きをして捕まった人が、「神の定めにより万引きすることが決まっていたのだから私に責任はない」などと言って責任逃れをすることはできないでしょう。私たちが罪の責任を神とその定めに押し付けられないのもこれと同じことです。それでは、どうして神は人が罪に陥ることを許されたのでしょうか。それは御自分の義を示すためでした。人間が罪深いからこそ、その人間を救われる神の素晴らしさもまざまざと示されることになります。もし人間が罪を犯さない義なる存在だったとすれば、救われるべき必要もないのですから、神の救いの栄光も示されなくなっていたでしょう。神は御自分の御子により罪深い人間を救われることで、その豊かな恵みが示されるようにして下さいました。それは無限に素晴らしい褒め称えられるべき御恵みです。ですから、私たちが救いの選びを受けていた理由について聖書ではこう言われています。「それは、神がその愛する方にあって私たちに与えてくださった恵みの栄光が、ほめたたえられるためです。」(エペソ1:6)選ばれている人であれば、この救いを必ず神から受けることになります。ですから、日本人もキリストの福音を信じるべきなのです。聖書ではこう書かれています。「福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。」(ローマ1:16)御子キリストを信じて救われる人は、本当に幸いです。その人はもう地獄に行かなくなり、天国で永遠までも生きる者とされるからです。「御子を信じる者は永遠の命を持つ」と聖書にあります。日本人もこの救いを受けることができますように。
